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幕末ピンパブ物語 第十九回 [フィクション]

『大橋の兄貴い、た、大変でさあ・・・、こっ、困ったことが起きやした。』
真冬なのに急いで来たものだから、あの大男が、汗を拭き拭きそう言った。
『おっ、てえすると一大事だな、いってえどうしたんだい?』
大橋も、とろ吉には劣るが巨漢である。
太い眉毛を上下に動かしながら、大きな目をぐるりとさせて、とろ吉の話の続きを待った。

『それがねえ兄貴い~・・・・・』
とろ吉は、詳細を全て大橋に伝えた。
その話は、大橋にとっても寝耳に水である。
驚いたと同時に、大きなおならが出た。
この男は、驚くとおならが出る癖がある。

『くせえよ兄貴い~!』
とろ吉は、鼻をつまみながら、手団扇で匂いを追い払う仕草をした。
『おう、すまんすまん、しかしこいつあ困ったなあ・・・、馬造とお欄を逃がすたあ、これが北町の奴らにでも知れたら、おいらたちの首が飛ぶぜ!』
『へえ、元はといやあおいらの妹のせいでもあるんですよ、トホホホ・・・』

とろ吉は、すっかり悄気ながらそう言った。
『今更、おめえの妹夫婦を責めても仕方ないやな、あの二人が逃げたからと言ったって、奴らだってスネに疵を持つ奴らだ、おいそれと、お上に訴えることなど出来る筈はねえや。』
大橋は、少し楽観的であろう。
胡座を掻いたまま、金玉をぼろぼり掻きながら、そう嘯(うそぶ)いている。

とろ吉は、大橋が落ち着いているので、少し安心はしたが、問題は三河屋である。
どう釈明していいか困っていると、大橋が、「それでは、俺が一緒に行ってやろう。」と言うので、とろ吉は、いっそのことお願いすることにした。
大橋を伴うことで、三河屋の怒りが、少し和らぐことを期待したのである。
とろ吉は、大橋が着替えるのを待って、二人だけで出掛けて行った。

三河屋は、話を聞いて激怒した。
とろ吉も、今まで経験したことのない程の怒りようだ。
大橋が間に入って宥めようとしたが、それすらも受付ようとはしなかった。
これに、反対に切れたのは大橋の方である。
今までの仲間であった三河屋なのに、思い切り拳固で殴ってしまったのだ。

可哀想に三河屋は、気を失ってしまった。
その時である。
威勢のいい兄さんが、もろ肌を出しながら三河屋に入ってきた。
桜吹雪の、金さんである。
驚いたのは、大橋である。

南町の与力とは言え、北町奉行の顔くらいは知っている。
ましてや、有名な桜吹雪の入れ墨とくれば、尚更であった。
『あ、あなた様は・・・、き、北町奉行様・・・?』
『おうそうよ、南町のぉ、ちょいとおいらに顔を貸して貰うぜ、そちらのでかい兄さんもな!』
金さんは、その色の黒い顔に似あわないような笑顔で、そう言った。

二人はがっくり来て、そこにへたへたと座り込んでしまった。
(何て間が悪い時に来たんだろう)
大橋はそう思ったが、何故に金さんがここに来たのかは、検討もつかなかった。
二人は重い腰を上げ、金さんについて行くことにした。
捕り方も連れていない金さんであったが、大橋も武士なので逃げることは出来ない。


明日も続く・・・


幕末ピンパブ物語 第十八回 [フィクション]

その頃三河屋の寮では、大騒ぎであったのは言うまでもない。
一晩中、川下の辺りを探し続けたこう平夫婦も、明け方になっても見つからないので、もうへとへとになってしまっていた。
このままでは、三河屋から叱られるのは間違いない。
あの冷酷な三河屋のことだ。

叱られるだけではなく、恐らく酷い仕置きが待っているだろう。
そう思うとこう平は、弁当が恨めしくてならなかった。
あの時、変な嫉妬心を抱かなければ、こんなことにはならなかったのだ。
二人は、路上で大喧嘩を始めた。
罵り合いだけではなく、雪駄で相手を殴りつけたり、噛み付いたり、もうはちゃめちゃである。

そこを通りかかったのが、居酒屋のおやじならぬ、密偵の松五郎である。
松五郎は、二人の会話を聞きながら、これだと察知し、喧嘩が終わった後、二人の後をつけた。
二人が帰っていったのが三河屋の寮だと知れると、金さんに報告し、居酒屋に戻ったのだった。
この松五郎。
いろいろと話もあるのだが、これは後日と言う事にしておこう。

喧嘩は、一方的に弁当の勝ちである。
こう平は、平謝りに謝ってようやく許して貰ったが、寮に帰るまでは、弁当に身体を支えて貰わなければ、歩くことさえ出来なかった。
弁当も弁当で、やり過ぎたのを後悔したのか、『おまいさん、大丈夫かい?』、などと、自分でやって置きながら、優しい甘えた声で亭主をいたわっている。

まったく、おかしな夫婦であった。
寮に帰ると、番頭のとろ吉が待っていた。
既に、鬼の形相である。
当然であろう。
来てみれば、大事な人質が二人共いない上に、こう平夫婦も行方不明と来てる。

こう平は、とろ吉を見るとうなだれた。
とろ吉は、その巨体を動かして、ギョロリと睨む。
そこに、弁当がしゃしゃり出た。
『とろ吉兄さん、あたしの亭主を許してやってよう、ねえ、兄妹じゃないか?、あたしの落ち度であの二人を逃がしちまったんだ、あたしが全て悪いんだよ~』

弁当は、涙を流しながら、亭主のこう平を庇った。
『てえ言うことは何かい?、やっぱりおめえたちは、あの二人を逃がしちまったのかい?』
弁当とこう平は観念して、洗いざらい本当のことをとろ吉に喋った。
『でもねえ兄さん、ほら、この人のこの疵見ておくれよう、あの馬造を取り押さえようとして、出来た疵なんだよ、この人だって、一生懸命捕まえようと、必至だったんだから・・・』

弁当は、いけしゃあしゃあとして、自分が殴ったり噛んだりして出来た疵を、とろ吉に見せた。
言うのを忘れていたが、弁当は、とろ吉のたった一人の妹である。
両親が死んで、妹が嫁に行くまでは、一緒にずっと暮らしてきただけに、とろ吉は、泣きながら懇願する妹の姿を見て、不憫でならなくなった。
やがて頷いて、ちょっと出かけて来る、と言いながら、そこを出て行ってしまった。

(こうなりゃ、与力の大橋様に、相談するしかあるめえ。)
とろ吉は、そう思いながら、大橋の屋敷に向かった。
大橋虎造とは前にも述べたが、三河屋とつるんで阿漕な儲けを繰り返していた、南町奉行配下の与力であるが、三河屋との橋渡し役であるとろ吉とは仲が良かった。
但し、酔うと例えとろ吉でも容赦はなかった。

バケツに酒をなみなみと注ぎ、これを一気で飲めと言う事など、いつものことだったのである。
それでもとろ吉は、その一気飲みを嫌がらなかった。
酒も好きだが、大橋の飲みっぷりも好きだったのである。
大橋の家に着くと、幸いに在宅していて、とろ吉の顔を見るなりこう言った。
『とろ吉、いってえどうしんだ、不景気な顔をして?』


続く・・・

幕末ピンパブ物語 第十七回 [フィクション]

部屋を出て行った金さんは、店のおやじに近寄り、耳打ちをした。
『聞いたか?』
『はっ』
おやじは、武家言葉で返事をした。
『早々に、あの者達が捕らえられていたという場所を探って参れ、良いか必ず突き止めて参れよ。』

『ははっ、かしこまりました。』
おやじは、そう言い残すと、さっさとそこを出て行った。
しかし、この遊び人の金さんといい、居酒屋のおやじといい、只者ではない。
何を隠そう、遊び人の金さんとは庶民に隠れた名前で、実は北町奉行、遠山左衛門尉景元と言う名が本名であった。

いわゆる高名な、桜吹雪の遠山の金さんである。
居酒屋の亭主は、その金さんに命じられて隠密に動いている、忍びであったのだ。
金さんは、馬造たちを見た時から、これは何かあると感じていた。
その感が当たったわけだが、こうなると、このままでは放っておけない。
取り敢えず、馬造たちをこの居酒屋で匿うことにした。

当分、外へ出ぬように言い含めて置いて、ここの常連客には、夫婦で住み込み働きでもしていると、言えば良いであろう。
その間に、金さんはいろいろと調べてみようと思ったのである。
何か、きな臭い犯罪の匂いがするのは、金さんにとって、野生の勘が働くに違いない。
金さんは、二人に念をおした後、何処かへ消えて行っいた。

店にはおやじしかいなかったので、自動的に早仕舞いになった格好の居酒屋である。
取り敢えず馬造とお欄は、久々にゆっくりと寝る場所を得た。
しかし、その夜に二人がどうなったかは、記録に残っていない。(爆)
次の日の早朝、おやじが金さんと戻って来た。
馬造は、まだ眠りこけていたが、働き者のお欄は、既に居酒屋の中を清掃していた。

お欄に叩き起された馬造は、眠い目をこすりながら、二人の前に出てきた。
『おう、おめえさん達が監禁されてたって所は、もしかしたら、日本橋のはずれにある、三河屋ってえ廻船問屋の寮じゃないかい?』
金さんが、胡座を掻きながら、そう尋ねた。
『いえそれが、二人とも目隠しをされた上、縛られてもいたので、何にも覚えちゃい無いんで。』

『そうか、そうだったな、で、おめえ達を見張ってたってえ男の名前は覚えてねえかい?』
『あっ、それなら覚えていますとも!』
馬造は、咳き込んで答えた。
『おう、そいつな名前はこう平って言わねえかい?』
『あれえ、金さんご存知なんで?』

馬造は驚いた。
『やっぱりそうだったんだな、よおし分かった、おう、とっつあん、済まねえがそいつの周りを、徹底的に洗うんだぜ!』
おやじは、『へいがってんだ』、というと、勢い良く、外に飛び出して行った。
馬造もお欄も、呆気に取られて、それを見送った。

『これで糸口が出来た、お前さんたち、もう心配は要らないぜ、おいらがきっと守ってやらあ!』
金さんは、もろ肌を脱いで、桜吹雪の入れ墨を手でぴしゃりと叩きながらそう言った。
何も分からない馬造は、きょとんとしていたが、金さんの桜吹雪の入れ墨といい、気っ風や威勢の良さといい、圧倒されて、『はい、お任せします』、と言うしかなかった。
次回、いよいよ大橋虎造登場!!!(爆)


続く・・・





幕末ピンパブ物語 第十六回 [フィクション]

馬造は、知らない男から話し掛けられて、ぎょっとした。
思わず、お欄を庇う仕草をしたが、金さんと名乗るその男の顔を見ると、色は黒いが、満更悪人顔にも見えないので、思わず口を聞いてしまった。
『金さんとやら・・・、じゃあ、少しお尋ねしますが、ここは一体どこなんで?』
『何、お前さん、ここを何処か知らないのかえ?』

金さんは、驚いてそう尋ねた。
その驚く表情が、妙に人懐っこい感じがしたので、馬造は、何故か安心して、何もかも打ち明けてしまおうと、決意した。
金さんも、それを察したのか、腰を上げながらこう言った。
『ここで、立ち話も何だあね、どれ、場所を変えやんしょう、やれ、どっこいしょと・・』

金さんは、馬造の返事も待たずに、さっさと先頭を切って歩き始めた。
こうなると、馬造もお欄も、金さんの後をついて行かざるを得なかった。
居酒屋は、川辺からほんの少しの距離にあった。
『いらっしゃい。』
無愛想なおやじが、入ってきた金さん達を見てそう言った。

金さんは、そのおやじにそっと目配せをすると、すっと、奥の部屋に馬造とお欄を通した。
どうやら、金さんとここのおやじは、緊密な関係らしい。
馬造たちの気配を見ると、只事ならぬと見た金さんの配慮であろうが、人に言えない話をするには、打ってつけのような部屋である。
金さんは、大きな火鉢のある側の座布団に、二人を座らせた。

馬造も、特にお欄だが、寒そうに凍えているのが目に入ったからである。
おやじが無言で入ってきて、お燗を三本置いて行った。
金さんは、その内の一本の徳利を持ち、馬造に、『さあ!』、と勧めた。
酒が何よりも好きな馬造は、直ぐに盃を手に持つと、それを受けた。
馬造は、いかにも旨そうにそれを飲み干した。

『お前さんたち、腹も減っているだろう。』
金さんは、お欄にも酌をしてやりながらそう言い、亭主にいいつけて、煮しめや酒の肴になるようなものを、沢山持って来させた。
地獄に仏とは、このことであろう。
捕らえられて、牢にぶち込まれ、寒さと餓えとに責められながら過ごした、ここ数日であったのだ。

お欄も勿論だが、馬造は狂喜の如く、酒を喰らい肴を食べた。
小半刻ほど、お腹も心も一段落した頃、金さんが、そろそろ良かろうと話を切り出した。
『ところでお前さんたち、一体どうしたと言う訳なんでえ。その格好といい、船で流されて来たことといい、聞いたところ、ここが何処かもわかっちゃいねえ、良かったら、おいらに全部話しちゃあくれまいか、こう見えてもおいらは、お前さんたちの味方になってやるぜ。』

先程から、すっかり御馳走になった馬造だけに、金さんにそう言われたら、断れなかった。
と言うより、こうなったら全て、洗いざらい金さんに打ち明けてしまおうと決心した。
お欄を抱えたまま、これからどうしていいのか、馬造には分からなかったからでもあるが、金さんの笑顔を見ていると、信頼できる人だと思ったのである。
そこで馬造は、今迄のこと、鴨野や良庵さん、神事屋に至るまでの話を、全て話して聞かせた。

お欄を誘って逃げ出したのはいいが、木戸番に捕まったはずなのに、見も知らない屋敷に監禁されたことなど、事細かくぶちまけた。
金さんは、聞いていて驚いた。
何やら、お伽話を聞いているようで、不思議な気持ちがしたのである。
話を全て聞いていた金さんは、ちょっと用を足してくると行って、部屋を出て行った。


続く・・・

幕末ピンパブ物語 第十五回 [フィクション]

階段の下が静まり返っている。
お欄は、恐る恐る下を覗いてみることにした。
すると、どうであろう。
何と、二人共気を失っているのか、微動だにしない。
お欄は、思い切って下へ降りてみた。

二人に近寄ってみたが、呼吸をしているので、死んだのではないであろう。
お欄は、チャンスとばかりに、馬造を探し始めた。
『うまぞお~、うまぞお~、イカウ何処いる~?』
お欄は必死になって探した挙句、馬造の閉じ込められている牢をやっと探し当てた。
馬造は、お欄を見て狂喜したが、縛られている上に猿轡をされているので、言葉にならなかった。

牢には、当然のことだが鍵が掛かっている。
お欄は、はっと思いつき、倒れているこう平夫婦の元に、駆け戻って行った。
鍵は、彼らが持っているに違いない。
お欄は先ず、こう平の懐を探ったが、見当たらなかった。
恐らく、先程の乱闘で何処かに落としたのかも知れない。

二階まで戻って、暗がりの中を探すのも時間が勿体無い。
お欄は、弁当の懐の中もまさぐり始めた。
・・・と鍵を見つけたが、その時である。
『う~ん』、と弁当が目を覚まし始めた。
お欄は、急いでその場を立ち去り、馬造の牢の元に立ち戻ると、震える手で何とか鍵を開けた。

馬造の縄を解き、猿轡を外した時である。
弁当とこう平が、必死の形相になって、馬造の牢に向かってくるのが見えた。
『ひひひ~ん』
馬造は、向かってくる二人に、体当たりでぶつかっていった。
その勢いで、二人はどうと見事に後ろに吹き飛ばされたのである。

『今だ、お欄急げ!』
馬造はお欄の手を引き、川に通じる裏木戸を開け、一気に外に飛び出して行った。
外は川である。
だが、都合の良いことに、丁度そこに一艘の小舟が繋留してあった。
主人の三河屋が、時々密事で出掛ける時に、使う小舟である。

馬造とお欄は、急いでそれに飛び乗った。
櫓を急いで持ち、漕ぐ馬造であったが、たちまちのうちにこう平と弁当がが追い掛けてきた。
『汚いぞ、返せ~』
夫婦がそう叫んでも、所詮は川べりを走るだけの彼らなので、馬造たちの船に追いつかない。
そうこうするうちに、ずんと引き離してしまった。

もはやと諦めて、引き返して行く、こう平と弁当であった。
馬造は、馬力を最大限に上げて漕いでいたが、それを見て、やっと自分の力を休めた。
周りを見回したが、一体自分たちが何処に居るのかも、検討がつかないでいる。
一旦岸に上がろうと思い、船を川べりに寄せた。
暗闇なので、何も見えないに等しい。

馬造とお欄が船から降りて、岸に上がろうとした時に、丁度そこに、川べりで夜釣りをしていた、遊び人風の男が声を掛けてきた。
『ちょいと待ちなよ、いえね、おいらあ遊び人の金公って言うんだ。まあ、金さんでいいやな、おめえさんたち、ちょいと訳ありだな・・・、まあ、良かったらおいらに話を聞かせてくれねえかい。』
遊び人の金さんと名乗ったその男は、そう言うと、にやっと笑ってみせた。


続く・・・



幕末ピンパブ物語 第十四回 [フィクション]

三河屋ととろ吉が帰った後、こう平の元に、妻である弁当が顔を出した。
『おまいさん、おまいさんったらさあ・・・』
『何だよ、藪から棒に?』
『おまいさん、あの閉じ込めてるお欄って言う女に、気があるんじゃないだろうね?』
『な、何ぬかしやがるんでえ、べ、べらぼうめ!、何の証拠があるんでえ?』

弁当は、こう平の目を見ながら、嘘を見破ろうとしてしている。
『そうならいいんだけどさあ、おまいさん、あの馬造って男には火鉢も置かないくせに、あのお欄ってえ女には、火鉢をやってるじゃないか、もしかして、もう口説いたのかい?』
『馬鹿野郎、それは邪推ってえもんだよ、俺は何もしちゃあいねえよ、あっちへ行け!』
こう平は、怒って弁当を蹴り上げた。

『あいてててて、わかったよ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか、出て行くよ・・・』
こう平の剣幕に驚いた弁当は、蹴られたところをさすりながら、渋々とそこを出て行った。
出ていったと言っても、弁当は、二人を監視している間は、こう平と共に、飯の煮炊きや、後片付けをしなくてはならない役目を仰せつかっているのだ。
おそらく、台所にでも行ったのであろう。

そろそろ、晩飯の支度をしなければならない刻限だ。
こう平は、先程の三河屋ととろ吉の検分の時に、お欄の元気のない様子が気になっていた。
お欄に何かあれば、こう平の落ち度になる。
三河屋からも、きっときついお咎めがあろう。
先程は、女房に釘を刺された格好だが、これもお役目である。

そう自分に言い聞かせたこう平は、少しだけ、お欄の部屋を覗いて見ることにした。
今見ておかないと、後から飯を運ぶのは、女房の弁当だけなのである。
こう平は、秘密の階段の扉を開け、お欄の牢へと向かって行った。
手燭を携えて行ったが、夜分の事ゆえ薄暗く、お欄の姿を探しにくい。
こう平は、少し焦ってきたので、思わず牢の扉の鍵を開け、中へ入ってみることにした。

お欄はその時、部屋の隅にある、ほんの小さな仕切りの中の厠の中で、用を足していた。
そこに、こう平が入ってきたものだから、さあ大変である。
お欄は、こう平が襲いに来たものと勘違いし、大声で、『キャー』と叫んだのだ。
その叫び声を聞いた弁当は、走って二階に上がってきた。
用を足していたお欄だから、当然、前ははだけている。

そこに、茫然として立つこう平・・・
一瞬のうちに、弁当の顔が鬼に変わった。
彼女は、一旦台所に降りて包丁を掴むと、こう平目がけて飛び込んで行ったのである。
驚いたのは、こう平だ。
『おおおおお、おい、な、何しやがんでえ?』

『何しやがれじゃあないよ、このひょうろく玉!、よくもあたいの目を盗んでこんな女と・・』
弁当は、もはや狂気の形相だ。
包丁を振りかざしながら、追ってくる。
『ひゃ~』
こうなったらこう平も、逃げるが勝ちだ。

弁当を突き飛ばして、牢の外に出ようとした所、勢い余って、弁当もろとも、階段の下に転がるようにして、落ちて行ったのである。
凄まじいのは、女の悋気であった。
二人とも、階段のあちらこちらに頭をぶつけ、階下の床で、あっさりと失神してしまったのだ。
ああ、恐ろしや恐ろしや・・・


続く・・・

幕末ピンパブ物語 第十三回 [フィクション]

三河屋ととろ吉は、寮に着くと、牢番をしている『弁当持ちのこう平』を呼んだ。
こう平は三河屋の手代で、烏賊のような変な頭をしているが、実は嫁持ちで、その嫁が、こう平が何処に行くにも弁当のように付いてくるので、人々からは、『弁当持ちのこう平』と呼ばれていた。
仲が良いのか悪いのか分からないが、喧嘩が趣味のような二人で、争いが日課のようである。
こう平は、そそくさと二人の元にやってきた。

『旦那様方、お越しなさいませ。』
相変わらずの烏賊頭を振りながら、こう平がそう言った。
『弁当とは、仲良くしてるのか?』
とろ吉が問う。
『へえ、お陰さまで何とか。』

こう平が、頭を掻き掻き照れながら答える。
『では、例の二人の元に案内して貰おうか?』
三河屋が、こう平を急き立てた。
こう平は、『へい』と答えて、先ずはお欄の閉じ込められている牢へ二人を案内する。
屋敷の中はからくり仕掛けがしてあり、秘密の部屋が何室もあった。

お欄が閉じ込められている部屋は、そういう一室の一つであるが、隠し階段を通らないと行けない仕組みになっており、秘密のからくりを知らない人には、隠し階段への扉が開かないようになっている。
こう平は、からくりのレバーを操作して、隠し階段への扉を開けた。
階段は、通常の3分の1位の大きさになっており、3人は、身体を屈めて登らなければならない。
お欄の部屋は中二階にあり、天井の高さも、小柄なお欄がやっと背が届くほどの低さである。

三河屋は良いが、大柄なとろ吉には大そうな苦痛だ。
お欄は着物姿のままで、放心状態な顔をしながら、火鉢を囲むようにして座っていた。
真冬の寒さなので、凍えるようにして小さく丸まっているのが痛々しい。
呂宋国出身のお欄だけに、火鉢は入れてあるものの、それだけでは、とてもじゃないが寒はずなので、哀れなことこの上ない。

とろ吉は不憫に思ったが、要らないことを言うと三河屋に叱られるので、黙っているしかない。
三河屋は一通り見回していたが、やがて頷きながらこう言った。
『さて、次は馬造の所だな。』
三河屋がそう言うので、一旦下へ降りて、今度は馬造の元に向かう一行である。
馬造の部屋は、奥庭に面した小汚い牢である。

庭の裏手は川になっており、川から吹いてくる風が、余計冷たいにも拘わらず、火鉢すら入れて貰っていなかった馬造であった。
とろ吉に逆らったばっかりに受けた処置だが、さすがに現場を見たとろ吉も、馬造が哀れになり、こう平に、火鉢を持ってきてやるように命じた。
馬造は、後ろ手に縛られて、猿轡を噛まされている。

縛めを解くと騒ぐからであるが、こればっかりは仕方がない。
凍えるような寒さと、縛られた身の上では、馬造は、流石に弱って見えた。
三河屋は満足したのか、さて帰ろうかと言い始めた。
事件は、この後一刻後に起こるが、神ならぬ身、誰にも分ろうはずもない。
たとえ、作者でさえも・・・

え~い、続く・・・(爆)

幕末ピンパブ物語 第十二回 [フィクション]

三河屋ととろ吉は、揃って近くの自分の持家である寮に出向いて行った。
そこに監禁してある、馬造とお欄の様子を見る為である。
そもそも、この三河屋の正体とは・・・
表向きでは廻船問屋、裏の稼業として占い師をやりながら、人の弱みに付け込んだ、あこぎな生業(なりわい)を行っていた。

その手口とは、こうである。
南町奉行所の与力、大橋虎造(おおはしとらぞう)と組み、彼の配下の同心や岡っ引きを使い、事件の情報をいち早く掴み、それに関係する人間を見つけ出しては監禁し、強請や脅迫の代わりに、占い師として見事犯人や、行方不明者を探し出しては報酬を経ていたのだ。
奉行所の人間とて、お上の御用で犯人を捕まえたとて、報奨金など微々たるものである。

それよりも三河屋と結託して、家出人や事件の犯人を、占い師の古希麻呂を通じて、被害者の家族から依頼され、それを見つけてたんまりとお金をせしめるのであるから、上手い話だ。
もちろん儲けは、均等ではないが山分けである。
馬造とお欄の場合も、事件の情報があった晩、南町奉行所配下の木戸番が偶然捕まえたのを、三河屋が引きとって、自分の寮に監禁していたとこういう訳である。

そうしておいて、神事屋の周りや葱屋の周りに、占い師古希麻呂の名前をわざと広めて置き、向こうから出向いて来るように、巧妙に仕掛けておいたのであった。
そうとも知らない鴨野と萬久は、わざわざ、その罠の中に入って行った訳である。
困った人を助けるふりをして、金儲けの種にする。
三河屋遁兵衛、なかなかの策士であった。

三河屋には、魂胆がある。
鴨野には確かに100両とは言ったが、神事屋からは、もっとふんだくろうと考えていた。
馬造はすんなりと鴨野に渡し、お欄は別口で、神事屋から貰おうとしていたのである。
だから、同じ寮に監禁してある二人でも、牢屋も別々だし、騒げないように猿轡もかけていた。
そういう、用意周到な三河屋である。

鴨野にして見れば、取り敢えず馬造が戻れば、それはそれで安心するに違いないし、お欄もその内に戻れば、一件落着であろう。
何しろ、二人が同時に見つかれば良いのだし、捕まえるとまでは約束していないのだ。
馬造は捕まり、お欄は逃げる・・・
その後の再度の依頼で、礼金は二倍になると踏んでいた。

一週間以内に、二人を特定の場所に連れ込み、その場所を鴨野に知らせる。
知らせを受けた鴨野がそこを訪れた時は、馬造は居たものの、お欄は何者かの邪魔が入り取り逃がすという筋書きを、三河屋は持っていたのである。
「一粒で二度美味しいとはこのことよ・・・」
そう呟く三河屋の姿を見たとろ吉は、頼もしくも思ったが、恐ろしくも思った。

(この男の非情さに、これからもついて行けるのだろうか?)
とろ吉は、気はしが利くので番頭にまで出世したが、もともとは悪事に加担する気はなかった。
ところが、三河屋の言いつけで、南町の与力大橋虎造の元に、何度か使いにやらされていく内に、いつの間にか、悪事の片棒を担がされていたのである。
これも、雇われの身の上、運命というものであろう。

しかし、一方の悪事の親玉である大橋も、とろ吉をたいそう気にいっていて、とろちゃんとろちゃんと可愛がっていたし、とろ吉も大橋のことを、兄さんと呼ぶようになっていた。
大橋も巨体だが、とろ吉はもっと巨体である。
人々は彼らを称して、『猛虎兄弟(もうこきょうだい)』、と呼ぶようになった。
すなわち彼らは、酔えば良く、記憶がなくなるまで暴れまくる二人であったのである。


続く・・・

幕末ピンパブ物語 第十一回 [フィクション]

(ほんまかいな?)
鴨野も萬久も、耳を疑わずにはいられなかった。
しかし、確かに古希麻呂はそう言ったのだ。
『う~ん先生、名前までお分かりとは、では此方に赴いた理由も御存じなので・・・?』
『ははは、私には全部手に取るように分かります、二人の行方を捜しておられるのでしょう?』

古希麻呂は、名前だけでなく用向きまで当てて見せた。
二人は、すっかり感心してしまった。
全てを任せる気になった鴨野は、古希麻呂に向かって丁重に頭を下げて頼み込んだ。
『先生、ここは一つ全てお任せ致します、して、どれくらいの費用と日数が掛りますか?』
『そうですのう、では100両も頂いて置きましょうか、日数は1週間くらいで宜しかろう。』

『えっ、ひゃ百両・・・』
これは大金である。
人捜しとは言え、ここまで出さないといけないとは・・
鴨野とて、小藩の家老ではあるが、百両ともなるとちと話が違う。
幕末で、裕福に暮らしている武士など皆無であったと言っていい。

頭の中で胸算用をしていたが、たった一週間で見つけて呉れると言うし、ここは何とか算段して、家に伝わる名刀でも処分して金を作るしかあるまい。
鴨野は、そう覚悟を決めた。
萬久が、主人の神事屋に相談して出直しましょうというのを断って、百両の件、古希麻呂に承諾してしまったのである。

二人は、翌日前金として半金の50両を持参することを約束して、古希麻呂の元を辞して行った。
さて二人が帰った後、古希麻呂は、占い師の衣装を脱ぎ捨て、髭やかつらまでを外し、頬かぶりをした貧しい身なりで、屋敷の裏から抜け出していった。
途中で駕籠に乗り替えたが、日本橋の近くまでくると駕籠を下りて歩きに変え、暫くすると、一軒の商家の裏口に入って行く。

裏門の表札には、『三河屋』とある。
古希麻呂は、とっとと屋敷内に上がっていった。
目ざとく見つけた体の大きな番頭らしき男が、駆け寄ってきてこう言った。
『旦那様、お帰りなさいまし。』
『おお、とろ吉かえ、御苦労じゃな、所で、監禁している例の二人は達者にしておるか?』

『へい、あの馬造とお欄で御座いますな、無事では御座いますが、あの馬造の奴、抵抗して暴れましたゆえ、庭に首だけ出して、一晩ほど埋めてやりました。』
身体の大きなとろ吉は、そう言って大笑いをした。
『大事な商品ゆえ、くれぐれも傷を付けるでないぞ・・・』
古希麻呂は、笑い転げるとろ吉を嗜めてそう言った。

『そうは申しますが旦那様、あの馬野郎口汚く罵るばかりか、抵抗して私に噛みつきますんで。』
大男は、汗を掻きながらそう弁明した。
『まあええ、おとなしくして無事ならば金になる奴らよ、どれ、わしも顔を見に行こうか?』
古希麻呂こと三河屋遁辺衛(みかわやとんべえ)は、そう言ってほくそ笑んだ。
とろ吉も、一緒になってへらへらと笑っている。


続く・・・

幕末ピンパブ物語 第十回 [フィクション]

(おかしいのう・・・)
鴨野は、不思議に思って首を傾げていた。
(昨日が新年スペシャルなのは分かるが、何故今日が第十回なのじゃ?、昨日が正式に十回であるなら、今日の更新は第十一回目であろうに・・・)
鴨野はそう思いながら、古希麻呂を見た。

古希麻呂は、自分の占いが外れたのかと思い、慌ててこう言った。
『こ、これは多分夢で御座るよ、お、恐らくそうに違いない、嘘だとお思いなら、その頬を、ご自分でつねって見なされ・・・・・』
『ふむ、それもそうか・・・』
鴨野は、姿勢を正し、自分の頬をつねって見た。

『おっ、ここは・・・?』
鴨野は、待合室で目が覚めた。
今見ていたのは、やはり夢であったのだ。
鴨野は、そう思いながらも、狐に包まれたような感じである。
今の夢の話を、萬久に聞かせてみた。

『おお、それは正夢に御座いましょう、恐らく鴨野様ご自身のことではなく、御子孫の繁栄を、詠みされたのではありますまいか・・』
萬久は、そう言って鴨野を元気付けた。
『なるほどのう・・、萬久殿の言われるとおりかもしれん・・・』
その内に、本当に鴨野達の順番が来た。

やはり、奥の部屋に通されたが、そこは正に、先ほど見た夢の情景と、寸分変わりがなかった。
古希麻呂にも会ったが、やはり夢のままの人物である。
古希麻呂は、不審そうな顔をした鴨野を見ると、いきなりこう言った。
『見えますぞ、見えますぞ~』
『はっ?・・・』

鴨野には、何が何だか分からない。
『何がで御座るかの?』
思い余って聞いてみた。
『お手前の、悩みで御座るよ・・・』
『おお、先生にはまだ相談を打ち明けぬ内に、全てをお見通しか?』

全く持って鴨野は驚き、咳き込むようにしてこう尋ねた。
『で、では、わしたちがここに来た理由を、先生はご存知なので・・・?』
『無論です、これが分からぬようでは、占い師は務まりませぬ、お手前のご家来のことですな。』
『さ、左様で御座る、どうして先生はそこまでお分かりなので・・・?』
『私の占いは、森羅万象全てに通じております、座っただけで、ぴたりと当たるのは朝飯前で・・・』

鴨野は驚愕したが、どうしてもまだ信じられなかった。
突っ込んで、尋ねて見た。
『ご懸念はご無用、馬造とお欄のことで御座ろうが・・・』
『ひええ~』
萬久も鴨野も、すっかり腰を抜かすくらい驚き、古希麻呂に平伏してしまった。

続く・・・

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